@高崎市少年科学館プラネタリウム
またもや、ちと寝坊。
本日、昼間は「しずくまち♭」のリハのために駒込まで出向く。
駒込の駅前は雑然としていて、不思議な感じ
ガードを潜るのが、なんとも妙。
不思議な街並である。
リハを早々に切り上げさせてもらい、ハーピストが上野まで車で向かうので
ついでに同乗させてもらう。
なかなかスリリングなドライビングである。
上野に到着、さて高崎まで新幹線?
いやいや、高崎線にチャレンジである。2時間の旅。
なかなかヘビーである。
高崎駅に到着して、腹ごしらえ。
「駅そば」である。
駅旅の基本中の基本である。まずご当地を知るには駅そばしかないというのが
意味不明のこだわりである。
外は冷えているので、温かいものはうまく感じる。
よくできた仕組みだ。
少年科学館というところは、駅から徒歩30分くらいらしい。
時間がないので、禁断のタクシーを利用する。
今回は星空を見ながら、エレクトーンの演奏というのが趣旨で
たまたま、企画のゲストが、カッセのH氏なのである。
プラネタリウムでの公演という企画は、いつかカッセでも取り上げてみたいという
ことで、現地調査も兼ねて、遠く足を運んだ訳である。
プラネタリウムの席は、オートリクライニングで、いつでも寝てください状態である。
あやうく、グットスリーピングビューティーに陥る寸前で、音楽に集中する。
帰りに顔を出して、さて駅までどうしよう。
帰りは徒歩にチャレンジ、なんとか無事に西口までたどり着く。
帰りの電車も、また長旅である。
高崎線特有の、手押しボタン式開閉ドアを堪能する。
忘年会シーズンなのだろう、そのようないでたちの乗客が多い。
向かい合わせに座った、中年らしい二人組のおじさんが
かなりのデジベルでトークを展開中。
いやでも耳に飛び込んでくるので、しばしじっと聞いてみる。
やってしまっている、「今の若者は…」トークである。
大昔の壁画にも記されたように、「今の若者は…」ではじまる
トークは人類普遍の大命題であるが、このような場所で繰り広げられている
シチュエーションはなかなか辛いものがある。
しかし、おやじ、なかなか面白いことを言っている。
要約すると以下の通りである。
「人間、一人が一生に体感する苦労の総和は、みな同じだけなのであるからして
若い頃苦労しなかった分、歳をとってから、残りの苦労するであろう」
なるほど、着想は実に面白い。
しかしだ、大きな前提を誤っている。
つまり、最近の若者の「苦労」という定義自体が変化していることに
あなたは気づいていない。
残念!!
「自分の尺度」斬り!!
価値観というのは、言葉と一緒で、世代ごとで変化するものではなかろうか。
我中年にさしかかり、自戒の意を込めて胸に刻もう。
深夜に新宿駅構内を歩くが、一向に進まない。
初詣の境内の混雑ぶりを連想させる。
年末と週末が重なった、都市は、もはや人間地獄絵図である。
あやうく、踏みつぶされるところだった。
ああ、本日も長旅であった。